みなさまこんにちは、わふわふさんの前年にベイツ大学に
留学しました、ふじいと申します。
平沢奨学金が何かはなんとなく分かったけど、これに参加した後って
どうなるんだろう…? 国際的に活躍する人材って一体…?
と思われたそこのあなたに、あくまで1/39人の一つの例ではありますが
私がどういう風に進路選択をしていったか書き連ねたいと思います。
どんな就活だったか
◇受けた業界: IT(営業、技術、コンサルタント)、公益財団系
◇進路:公益財団法人
◇受験:約15社
留学行く前のわたし
「国際的に活躍する人材となって、日本の食の安全保障分野に貢献したい!」
これが平沢奨学金の面接で話したことです。
そもそも国際的や、食や農業分野に関心を持ったのは中学生の頃に遡ります。
15歳、中学3年の私が一番行きたかったところはUNEP(国連環境計画)@ケニア
でした。当時意識高い系だった例に漏れず、社会問題(特に環境問題や気候変動について)をどうにかせねば!という自分の身の丈をはるかに超えたことばかり考えているどうしようもない(笑)学生で、農林水産省の夏のインターンなどに参加したり、地元の農家で職業体験したりしていました。図書館のインターネットでせっせと「国連 環境」などで検索して見つけたのがUNEPでした。
そして大学3年になっても、やはり同じように国際機関に行きたいと思っていたので、海外経験を積むために入学当初から海外留学はしたいと思ってました。
(実際受かったのはラッキー以外の何物でもないのですが… )
えっ、そこからどうなったらITに…
と思われた方、追って説明いたします。
留学してどう変わったか
端的に言うと、
情報技術×社会学の関係に非常に関心を持つようになりました。
きっかけは2つありました。
(1)友人が地元の農業の課題解決×webアプリケーションの団体を作り、
ハーバード大学などのチームを押しのけコンペで優勝したこと
(2)ベイツ大学にその年からComputer Science(情報科学)の学部誕生、
コンピューター技術と、それを用いた未来の構想が非常に面白かったこと
日本の大学では国際関係学の理論や社会情勢を学んでいました。それらは
例えば食糧問題一つとっても、かなりマクロな視点で捉えようとします。
その国の政策や経済がどうなっていて、貧困の課題をどうやって組織としてトップダウンでアプローチするか考えます。
一方、上のようないわゆるテクノロジーやスタートアップと言われる
領域では理論や考えでは終わりません。アイデアを実際に行動に移すことが求められますし、場合によってはパソコンと環境、少しの資金さえあればすぐにアイデアを形にすることが可能な、ボトムアップのアプローチです。この今までと違った、課題解決へのアプローチを非常に魅力に感じました。
アメリカの友人と話すにつれ、自分も一から作れるようになったら、
社会課題をただ論じたりボランティアするのではなく、解決する仕組みづくりに携われたらどれだけ面白いんだろう、と非常に刺激を受けたのを覚えてます。
帰国後、いよいよ進路を考えはじめます。
情報技術に関心を持ったとはいえ、まず調べたのはもちろん国際機関や関連団体でのキャリアです。ただある程度把握はしていたものの、予想以上に道のりが難しいことがわかります。
前提として、国連職員に新卒採用は"ほぼ"ありません(YPP試験というコースはあるのですが、世界中のエリートとの競争で、非常に高倍率です。今まで採用された日本人は数人いるかいないか…?)
他にも諸々条件があります。社会人経験や修士号、語学力など…
となると
→一般企業で就職(だとしたら どこで何をどうする?)…①
→大学院に行く(海外?国内?何を専攻する?)…②
→NGO/NPOなどでフィールドの経験を積む…③
→そもそも中学生の自分の夢そのままでいいのか!?ピーターパンなだけ…?
選択肢が多すぎて絶賛迷走します笑
もともと「走りながら考える」性格なので、どの選択肢もトライしていくことにしました。せっかくなので、さらに留学中に関心を持った領域にも進出します…
並行して、エンジニアの勉強をはじめました
◇Framgia.incという会社エンジニア育成プログラムに参加し、
半年かけてwebアプリケーションの作り方を学びました。
(HTML&CSS →Ruby on Rails→個人+チーム開発の研修を受ける)
これらプログラミングの世界は、自分が今まで持っていた価値観と
正反対で、本当に学びが多くのめり込んでいきました。
◇多様性や包括⇆◆統一(プログラミングは世界の規定あり)
◇文章や感性、多様な解釈を認める⇆◆効率最優先、一番短いのが美しい
よし、まずは就職しよう
まず ②大学院に行く については、個人的なつながりで会う人会う人に
大学院に行くと決めた理由や時期、専攻などをインタビューし
自分にフィットするものがないか模索しました。
③NGO/NPOなどでフィールドの経験を積む については
日本とアメリカの教育支援NPOでインターンをさせて頂けることになり、
そこで4ヶ月ほどお世話になりました。
もしも、(1)自分が大学院ですごく学びたいと思う分野が見つかる
(2)NPOでの活動がものすごくフィット
していたら、こちらのいずれかの道を選んでいたと思います。
ですが、実際どちらも現段階では違うなと感じました。
ということで、まず社会に出るための就職活動をすることにしました。
(実はこの頃、公務員試験を受けようかという想いも湧いてきたことで
さらに一悶着あったのですがそちらは割愛いたします…)
社会インフラ×グローバル そして最強のOBOG
↑就活初期の自分の軸です。かなり曖昧ですね(汗)
自分なりに今までの経験をなんとか言語化、抽象化しようとしてました。
◇社会インフラ
人々の生活や暮らしを支える仕事がしたい
(高校のときボランティア部だったことや、西日本豪雨の支援の経験などから)
◇グローバル
多国籍な企業で、英語を用いつつ世界中とネットワークを持って働きたい
(大学で国際関係のサークルに入ったことや、もちろん留学の話をしました)
この他にも色々面接では理由を話していましたが、大きく分けると
この上の二つを大切にしていました。
就活中、歴代の先輩方に相談に乗っていただき本当にお世話になりました。
詳しくは後述しますが、平沢奨学金のOBOGの方の進路は本当に多岐に渡ります。
官民問わず、さらに国境も問いません(笑)
アメリカにいらっしゃる先輩に連絡したり、フランスまでOB訪問させて頂いたりしました笑
本当にありがたかったです。
決断。どこで苦労したいのか?
就職活動の結果、ありがたいことにITの会社(営業職とエンジニア職)、公益財団(総合職)などの内定が頂けました。
長期的な視野で自分にあっていそうなのはどちらだろう?と
改めて考えて今の決断に至りますが、どこも非常に素晴らしい組織で、本当に本当に悩みました。
ただ、師匠に指摘されはっとしたのですが、ITの就職はかなり考えが打算的でした。専門性が身に付くから、給与が高いから、英語が使えるから、そのスキルを使ってプロボノで社会活動をして…など。最初のような純粋なIT技術を面白いと感じる情熱だったり、その所属する会社に自分がどんな価値を出していけるか、という考えがだんだん抜けていってしまったように思います。たった半年のプログラミングの学習は本当に毛ほどでもなく、もっと長期的な視野が必要でした。
どこに行っても大変なことは絶対たくさんある。だからこそそれをどこでやるか。
自分がよりありのままでいられる場所、自分が情熱を持ってできる場所
で苦労しよう、と考えてこの決断になりました。
最後に あなたにもぜひ平沢奨学金に
歴代の奨学生の方は、実に多彩な進路を歩まれています。
平沢氏の意志を継ぐことに代わりはありませんが、直接的に同じ組織に
関わる方(外務省やNHKなど)だけでなく、三井物産、マッキンゼー、みずほ証券、P&G、世界銀行、国際協力銀行といった民間企業、
アメリカコロンビア大学やイタリアの大学院に進学、大学教授を務める方、
農業を一から始めたり、ソニーを辞められてバーをやっている方など…
本当にユニークなネットワークだと思います。
私もその一員として、今後邁進していきたいと思います。
非常に長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました。
この平沢奨学金を通じて国際的なキャリアにチャレンジしたい
みなさまの応募を心よりお待ちしております。
みなさまこんにちは、わふわふさんの前年にベイツ大学に
留学しました、ふじいと申します。
平沢奨学金が何かはなんとなく分かったけど、これに参加した後って
どうなるんだろう…? 国際的に活躍する人材って一体…?
と思われたそこのあなたに、あくまで1/39人の一つの例ではありますが
私がどういう風に進路選択をしていったか書き連ねたいと思います。
どんな就活だったか
◇受けた業界: IT(営業、技術、コンサルタント)、公益財団系
◇進路:公益財団法人
◇受験:約15社
留学行く前のわたし
「国際的に活躍する人材となって、日本の食の安全保障分野に貢献したい!」
これが平沢奨学金の面接で話したことです。
そもそも国際的や、食や農業分野に関心を持ったのは中学生の頃に遡ります。
15歳、中学3年の私が一番行きたかったところはUNEP(国連環境計画)@ケニア
でした。当時意識高い系だった例に漏れず、社会問題(特に環境問題や気候変動について)をどうにかせねば!という自分の身の丈をはるかに超えたことばかり考えているどうしようもない(笑)学生で、農林水産省の夏のインターンなどに参加したり、地元の農家で職業体験したりしていました。図書館のインターネットでせっせと「国連 環境」などで検索して見つけたのがUNEPでした。
そして大学3年になっても、やはり同じように国際機関に行きたいと思っていたので、海外経験を積むために入学当初から海外留学はしたいと思ってました。
(実際受かったのはラッキー以外の何物でもないのですが… )
えっ、そこからどうなったらITに…
と思われた方、追って説明いたします。
留学してどう変わったか
端的に言うと、
情報技術×社会学の関係に非常に関心を持つようになりました。
きっかけは2つありました。
(1)友人が地元の農業の課題解決×webアプリケーションの団体を作り、
ハーバード大学などのチームを押しのけコンペで優勝したこと
(2)ベイツ大学にその年からComputer Science(情報科学)の学部誕生、
コンピューター技術と、それを用いた未来の構想が非常に面白かったこと
日本の大学では国際関係学の理論や社会情勢を学んでいました。それらは
例えば食糧問題一つとっても、かなりマクロな視点で捉えようとします。
その国の政策や経済がどうなっていて、貧困の課題をどうやって組織としてトップダウンでアプローチするか考えます。
一方、上のようないわゆるテクノロジーやスタートアップと言われる
領域では理論や考えでは終わりません。アイデアを実際に行動に移すことが求められますし、場合によってはパソコンと環境、少しの資金さえあればすぐにアイデアを形にすることが可能な、ボトムアップのアプローチです。この今までと違った、課題解決へのアプローチを非常に魅力に感じました。
アメリカの友人と話すにつれ、自分も一から作れるようになったら、
社会課題をただ論じたりボランティアするのではなく、解決する仕組みづくりに携われたらどれだけ面白いんだろう、と非常に刺激を受けたのを覚えてます。
帰国後、いよいよ進路を考えはじめます。
情報技術に関心を持ったとはいえ、まず調べたのはもちろん国際機関や関連団体でのキャリアです。ただある程度把握はしていたものの、予想以上に道のりが難しいことがわかります。
前提として、国連職員に新卒採用は"ほぼ"ありません(YPP試験というコースはあるのですが、世界中のエリートとの競争で、非常に高倍率です。今まで採用された日本人は数人いるかいないか…?)
他にも諸々条件があります。社会人経験や修士号、語学力など…
となると
→一般企業で就職(だとしたら どこで何をどうする?)…①
→大学院に行く(海外?国内?何を専攻する?)…②
→NGO/NPOなどでフィールドの経験を積む…③
→そもそも中学生の自分の夢そのままでいいのか!?ピーターパンなだけ…?
選択肢が多すぎて絶賛迷走します笑
もともと「走りながら考える」性格なので、どの選択肢もトライしていくことにしました。せっかくなので、さらに留学中に関心を持った領域にも進出します…
並行して、エンジニアの勉強をはじめました
◇Framgia.incという会社エンジニア育成プログラムに参加し、
半年かけてwebアプリケーションの作り方を学びました。
(HTML&CSS →Ruby on Rails→個人+チーム開発の研修を受ける)
これらプログラミングの世界は、自分が今まで持っていた価値観と
正反対で、本当に学びが多くのめり込んでいきました。
◇多様性や包括⇆◆統一(プログラミングは世界の規定あり)
◇文章や感性、多様な解釈を認める⇆◆効率最優先、一番短いのが美しい
よし、まずは就職しよう
まず ②大学院に行く については、個人的なつながりで会う人会う人に
大学院に行くと決めた理由や時期、専攻などをインタビューし
自分にフィットするものがないか模索しました。
③NGO/NPOなどでフィールドの経験を積む については
日本とアメリカの教育支援NPOでインターンをさせて頂けることになり、
そこで4ヶ月ほどお世話になりました。
もしも、(1)自分が大学院ですごく学びたいと思う分野が見つかる
(2)NPOでの活動がものすごくフィット
していたら、こちらのいずれかの道を選んでいたと思います。
ですが、実際どちらも現段階では違うなと感じました。
ということで、まず社会に出るための就職活動をすることにしました。
(実はこの頃、公務員試験を受けようかという想いも湧いてきたことで
さらに一悶着あったのですがそちらは割愛いたします…)
社会インフラ×グローバル そして最強のOBOG
↑就活初期の自分の軸です。かなり曖昧ですね(汗)
自分なりに今までの経験をなんとか言語化、抽象化しようとしてました。
◇社会インフラ
人々の生活や暮らしを支える仕事がしたい
(高校のときボランティア部だったことや、西日本豪雨の支援の経験などから)
◇グローバル
多国籍な企業で、英語を用いつつ世界中とネットワークを持って働きたい
(大学で国際関係のサークルに入ったことや、もちろん留学の話をしました)
この他にも色々面接では理由を話していましたが、大きく分けると
この上の二つを大切にしていました。
就活中、歴代の先輩方に相談に乗っていただき本当にお世話になりました。
詳しくは後述しますが、平沢奨学金のOBOGの方の進路は本当に多岐に渡ります。
官民問わず、さらに国境も問いません(笑)
アメリカにいらっしゃる先輩に連絡したり、フランスまでOB訪問させて頂いたりしました笑
本当にありがたかったです。
決断。どこで苦労したいのか?
就職活動の結果、ありがたいことにITの会社(営業職とエンジニア職)、公益財団(総合職)などの内定が頂けました。
長期的な視野で自分にあっていそうなのはどちらだろう?と
改めて考えて今の決断に至りますが、どこも非常に素晴らしい組織で、本当に本当に悩みました。
ただ、師匠に指摘されはっとしたのですが、ITの就職はかなり考えが打算的でした。専門性が身に付くから、給与が高いから、英語が使えるから、そのスキルを使ってプロボノで社会活動をして…など。最初のような純粋なIT技術を面白いと感じる情熱だったり、その所属する会社に自分がどんな価値を出していけるか、という考えがだんだん抜けていってしまったように思います。たった半年のプログラミングの学習は本当に毛ほどでもなく、もっと長期的な視野が必要でした。
どこに行っても大変なことは絶対たくさんある。だからこそそれをどこでやるか。
自分がよりありのままでいられる場所、自分が情熱を持ってできる場所
で苦労しよう、と考えてこの決断になりました。
最後に あなたにもぜひ平沢奨学金に
歴代の奨学生の方は、実に多彩な進路を歩まれています。
平沢氏の意志を継ぐことに代わりはありませんが、直接的に同じ組織に
関わる方(外務省やNHKなど)だけでなく、三井物産、マッキンゼー、みずほ証券、P&G、世界銀行、国際協力銀行といった民間企業、
アメリカコロンビア大学やイタリアの大学院に進学、大学教授を務める方、
農業を一から始めたり、ソニーを辞められてバーをやっている方など…
本当にユニークなネットワークだと思います。
私もその一員として、今後邁進していきたいと思います。
非常に長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました。
この平沢奨学金を通じて国際的なキャリアにチャレンジしたい
みなさまの応募を心よりお待ちしております。